MESSAGE
田澤 朱美
保育士。
シュタイナー幼児教育者養成コース2004年修了。
横須賀シュタイナーこども園で8年間、その後2015年より大楠まなびの村代表、及びおひさまえん教師として幼児教育に携わる。
幼児期に大切なのは「リズムと繰り返し」と「模倣と手本」
シュタイナーの人間観では、人間は「使命」を持って生まれてきます。ミッションですね。子どもが大人になって、そのミッションを成し遂げるためには、幼児期に「意志の力」と「体」を作らなければなりません。そのための教育がシュタイナーの幼児教育です。
原則となるのが「リズムと繰り返し」、「模倣と手本」です。シュタイナーは人間の成長を7年ごとに区切っています。その第一7年期にあたる、0歳から7歳まで、ちょうど歯の生えかわりのころまでは、「リズムと繰り返し」「模倣と手本」が最も大切だと言っています。
第一7年期の子どもたちは、月の影響を受けて成長しています。月は、自分が輝いているのではなく、太陽の光を受けて反射している存在です。月と同じように、子どももまわりの大人の行為をそのまま受け取り、模倣します。この時期の教育は行為することを通じてなされるため、大人からの口頭の指示で子どもを動かすのではなく、子どもに真似してほしい行為を大人が行為することが大切です。
絵を描いたり、何かを作ったり、動いたりすることは子どもにとって「善」、良いことをなす練習です。最近は便利な乗り物が多いのでゆっくり歩く時間が少なくなってきていると思いますが、意識して生活の中に歩くことを取り入れることも大切でしょう。それも善をなすことの練習なのです。
0歳から7歳までの子どもは、まわりすべてが「善」だという気分の中で成長しています。まわりで行為されていることは、それが良いか悪いかの区別をすることなく、子どもはそのまま真似をします。そのことを「善の気分の中にいる」とシュタイナーは表現しています。その中で子どもたちは信頼を学んでいくのです。
子どもは一番信頼できる両親を選んで誕生します。生まれながらにして信頼したがっているのです。大人になった時に肯定的に社会に関わっていくためには、この信頼を育んでいかなければなりません。赤ちゃんはおなかがすいたり、おむつが濡れると泣いて訴えます。この泣きに応えてあげることで信頼関係が結ばれていくのです。
大人ができることは、子どもの「心の覆い」を作ってあげること
小さな自我が芽生え始めた2〜3歳のころは、どんなに反抗してもお母さん、お父さんは自分のことを愛してくれているのだという安心感を持たせてあげること。病気の時は一生懸命に看病してくれる安心感、自由な遊びの中で危険なことを教えてくれる安心感。言葉を変えると、子どもの「心の覆い」を作ってあげることが大切です。加えて、食事や排泄、睡眠のリズムを整え、暑さ寒さの調節をする「生命の覆い」、子どもの想像力を膨らませるように、強い刺激を排した静かな環境を用意し、自然素材の簡素なおもちゃを与えるといった「環境の覆い」も意識できるとよいでしょう。
子どもの遊びを刺激してあげるために、そばにいる大人が意味のある仕事をしていることも大切です。お料理、洗濯、掃除、大工仕事や手仕事は、子どもの想像力と模倣力を刺激する教育となります。子ども時代の遊びの真剣さが、大人になってから人生や仕事に積極的に取り組む力となるのです。大人からの指示や要請で遊ぶのではなく、子ども自らがしたいことをするという自発性が大切です。
第一7年期は子どもの脳は右脳が優先的に働いているので、左脳を使う知育教育は避けなければなりません。具体的にこれはダメということではなく、何をするにも親のどういう思いでなされているかということに気をつけるとよいと思います。子どもと一緒に絵本を読むのが楽しいからという理由でなされるのは素敵なことだと思います。けれど早く字に触れさせたいから、言葉を覚えさせたいからという気持ちから発する場合、それは知的教育となり、子どもの健全な成長力を奪います。何をするにも思いが大切です。ただし人間は7年ごとに成長する課題があり、0歳から7歳までは体を作ることが優先され、知的な教育をするのに適した時期は別にあることは知っておくと良いでしょう。
自分を信じて、大人も子供も尊重しあえる共同体を目指す
シュタイナー教育のこの部分は取り入れるけれど、これは取り入れないという判断は、最終的にはそのお子さんのご家庭のお父さま、お母さまの自己決定で良いと思います。「先生からこのように言われたから」としても、それを実行するかしないかを決めるのはご両親です。そしてその決定に胸を張って責任を持ってください。
私たちは誰でも、より良い方向へ進んでいこうという「自我のこころ」を持っています。シュタイナー教育だからといって、みんなが同じものを食べ、同じ服を着て、同じ考えを持っていなければいけないということはありません。シュタイナー教育のめざすところは自由への教育であって、自分を不自由にする教育ではありません。自分で決めたことに自信を持って、向き合ってください。ご両親が自己肯定感を持っていないと、子どももそれを真似するからです。どうぞ自分を信じてください。
子育てをしていると自己嫌悪に陥ることもあると思います。そんな日は寝る前に、「子どもに嫌な思いをさせてしまったけれど、私はがんばっている。お疲れさま」と自分にねぎらいの言葉をかけてあげてください。また、子どもの将来を思って考えるのは良いことですが、これができなかった、あれができなかったと悔やんだり悩んだりするのはやめましょう。1日1日を楽しく、おおらかに過ごすことが大切です。
ひとりひとりが自己決定をして、その中でお互いを尊重しあえる、そんな共同体をめざしているのが、シュタイナーの人間観を取り入れた私たちの「おひさまえん」です。
「常識」にとらわれず、子どもの声や思いを受け止め、育ちを影で支える保育
私たちが保育で気をつけているのは、「何をしたいのか」「何を求めているのか」、子どもの声や思いを受け止める努力をしているということです。大人は子どもの支配者ではありません。
時間の流れは2つあります。まずは過去からの流れ、つまり大人の過去の経験から判断して子どもの可能性を決めるという、過去からの延長線で考えるあり方です。これはほとんどの場合、「こういう風にすれば幸せになる」とする予定調和のあり方となります。もうひとつが未来からの流れです。こちらは、未来には平和や差別のない社会、貧困がない世界が存在して、それを実現するために生まれてきたのが子どもたちだという考え方になります。
どちらかに偏るのではなく、未来と過去を統合して、現在(いま)を生きてください。大人の考えを押しつけるのではなく、子どもに選びとらせることを試みてください。そして嫌なことや不幸なことがあっても、それをメッセージと受け止めて「よし、変えていこう」と行為していくことも重要です。
思考は現実化します。私たちの心のあり方によって、世の中の現象が起きているとも言えるのです。私たちはこれまで、論理的に考え、計画を立て人生を予測して生きるように教えこまれて来ましたが、これからは感じる力、直感力をベースに行動して行く時代です。どうか私たち大人が作り上げて来た「常識」という枠に子どもたちをはめないでください。
おひさまえんでは、子どもたちの感じる力を高める環境つくりを心がけています。外に出てゆっくり歩きながら子どもたちの興味のあるもの、リスや鳥たちの声、草花の香り、近所の人たちとの会話、海・山・川での自由遊びは子どもたちの内側から湧き出る衝動をできる限り見守ります。これらは何よりも子どもたちの直感力を養うことになるからです。これが「本当の自分」を生きることの支えとなっていきます。一人一人が本当の自分と摩擦しないで生きることが、世界の平和を実現することになるのです。
保護者のみなさんは、子どもを教え導くあり方から、子ども自らの育ちを陰で支えるというあり方にシフトしていってください。まずは大人がイキイキと生活すること。その背中を見つめながら、子どもたちは成長していくのですから。